独自の視点を見つけるためのアート鑑賞

アート,ストーリー,ビジネス・ブランド,研究

written by Mizuho Suekawa.

もし、自分が今「何か新しいことを思いついた!」と思っても、それはすでに他の誰かが同じことを考えていたり、何らかの形で実現されていることが往々にしてある。
今、世の中では、AIやテクノロジー、社会インフラの発達によって、誰もが生み出せるありふれた価値はどんどん矮小化され、逆に個人としての自分たち独自の価値が重要視される世の中になってきている。しかしながら、世の中にはすでに人と物が溢れ、「新しい何か」を生み出すことのハードルも日々上がってきている。
そのような環境の中で、どうやって自分なりの視点で、独自のアイデアを思いつくことが出来るだろうか。

アメリカの実業家であるジェームス・ウェブ・ヤング氏は、著書『アイデアのつくり方』において、「アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」と論じている。
思うに、新しいアイデアを生み出す上で大切なことの一つは、いかに既存の要素を「独自の視点で理解し、解釈することができるか?」ということだ。




例えば、
ここに白い紙が一枚あったとして、あなたならその意味をどう捉えるだろうか。




その紙を作った人の個人的な意図を想像してみるか、その人の社会的・経済的な背景や、さらにはその紙が誰がどこから運んできて、いつどんな人に使われることを期待され、実際は誰にどのように受け取られ使われるかまで、色々と想像を膨らませるのではないだろうか。
そこには恐らく人それぞれの解釈が生まれ、それが紙一枚が持つ「意味」に違いをつくり、価値をつくる。それがコンテクストの力であり、自分の独自のアイデアを思いつく手がかりになる力だ。
そんなコンテクストの面白さを最大限に活用し、観察し、思考することの楽しみを与えてくれるアート作品を二つ紹介したい。

〈 やんツー「永続的な一過性」-2022 〉

こちらは、物流業界の倉庫で使われている自動搬送ロボットが、棚に並ぶ多様なオブジェの中から一つ選択し、展示しては元に戻すということを淡々と繰り返すというインスタレーション。倉庫内の荷物には、アマゾンの商品が入った段ボール箱と一緒に古美術品等のアート作品も並べられている。
本来人の手で大切に扱われるべきはずの貴重な古美術品が自動ロボットにより無作為に軽々と運ばれる姿は、見る人をひやりとさせ違和感を与える。しかし実のところ、ロボットが人よりも安全に運搬展示ができる未来はそう遠くないだろう。
作者のやんツーは、コロナ禍によって需要が増え無人化・自動化が加速した物流業界から着想を得て、変わらず手作業での作品展示を続けている美術業界と対比して見せることで、美術業界のシステムに皮肉を交えた問いかけを行っている。
見る人の思い込みをはがし、メタ的な視点からコンテクストを捉え直し新しい可能性に目を向けさせてくれる作品だ。

二つ目は、銅、リチウム、レアアースを含む10種類の鉱物が層状に重なってできた彫刻作品だ。一見すると整然とした見た目や色の美しさが目を惹くが、それだけで鑑賞を終えるのは勿体無い。
彫刻の素材に着目すると、ここで使用されているのは、新たな持続可能な目標に向けた移行に必要な「重要な原材料 (Critical Raw Material)」として欧州委員会で策定されている鉱物だ。
作者のアルフレド・ジャーは、こうした限りある資源を巡って国家や部族間で紛争が発生し、過酷な児童労働で少年少女たちの未来が奪われ、精錬の過程で環境破壊を引き起こしていることに対し批判的な目を向けている。


これらの情報を知った上でもう一度作品に向かうと、最初とは違う目で見ることができる。このようにアート作品の鑑賞を行うことで、捉えるコンテクストがものの見方に与える影響の大きさを知り、自分自身が何を見て、何を見ていないかに気づく
アート思考を取り入れることの利点として、「感性」や「美意識」「直感」といった内省的な側面で語られることも多いが、このように作品が持つ歴史的・社会的なコンテクストまで含め想像力を及ばせ理解を深めることで獲得できる自分独自の視点があるのではないだろうか。

インタビューの中で、ジャーはこのように語っている。

あらゆる作品は理解や知識のもとに成り立っています。つまり、リサーチに基づいているのです。私はアトリエで制作を進めるアーティストではないし、ゼロから、もしくは自分の想像だけで作品を創り出していくわけでもありません。私のすべての作品は現実に基づき、具体的かつ特定の現実に反応しています。第一の目的は現実を実際に理解すること。大量の時間をリサーチに注ぎ込み、必要充分な情報を蓄積することで、問題に向き合い、その問題に対する考えを述べはじめる権利、資格、機会を得たのだと感じます。十分な情報量が得られなければ、プロジェクトを始めることはありません。

アルフレッド・ジャーインタビュー 見るということ

トップ